購買力平価説では為替動向は説明できない

購買力平価説でもってドル円相場の動向を説明しようとするエコノミストは結構多く見かけますが、購買力平価説では為替動向は説明できるものではなく、つまるところ参考程度にしかなりません。

■野口悠紀雄教授による円高説明
たとえば、野口悠紀雄先生は、ダイヤモンド・オンライン(09/12/05)における「1ドル60円台でも不思議ではない!「実質」で分析する正しい為替の見方」というコラムで、
「日本経済全体の海外との関係を一般的に考えるのであれば、本来見るべき指標は、実質実効レートである。これは、日本の貿易相手国との為替レートを貿易額で加重平均し、さらに各国間の物価上昇率の違いを調整した指標であり、日本銀行によって算出されている」
とし、ここで、
「実質実効レートは、1973年3月を100とする指数で示され、名目の円ドルレートでは確かにそうなのだが、実質実効レートで見れば、95年の水準に比較して、現状はまだまだ円安なのである」
と説明されています。

次に、野口先生は95年1月を基準としてドル円の購買力平価を計算して一覧表にされ、
「95年以降、一貫して実際の為替レートは購買力平価より円安だったことがわかる。乖離率は、07年には、現実のレートは、購買力平価で正当化される率から実に67%も乖離していた」
と説明します。そして、
「07年以降、乖離率は縮小した。しかし、09年1月でもまだ3割程度乖離している。したがって、円ドルレートが今後3割ほど円高、つまり60円台前半になっても、不思議ではない」
と結論付けられています。
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(ダイヤモンド・オンライン 09/12/05より引用)http://member.diamond.jp/series/noguchi_economy/10048/?page=3

要するに、日本はデフレで物価下落により円の実質価値が上昇しているのに対して、米国では物価上昇によってドルの実質価値が下落している、だから円高ドル安になるはずだ、という説明です。

■当室は購買力平価説に懐疑的
しかしながら、当室が購買力平価説での為替相場の動向説明に疑問を感じているのは、次の理由によります。
①現実のドル円レートと購買力平価の示す理論レートとの乖離幅が大きい。しかもそれが長年にわたって継続している。
②現実のドル円相場変動によって、購買力平価レートの方が影響を受ける側であってその逆ではない。

通貨の実質的な価値を評価するに際して、物価動向を織り込むのはもっともな考え方だとは思いますが、そこに一つの勘違いがあるのもまた事実です。すなわち、例えば日本国内の消費者物価下落で円の通貨価値が上昇しているとは言ってもそれは国内限りでの現象であって、外国に対してそのことを主張することはできませんし、強制適用させることもできません。また逆に、米国が消費者物価上昇でドルの価値が下落しているとしても、それは米国内限りの現象であって、日本には関係ありません。

仮に日米両国の消費財が自由に瞬間移動し相互に同質同種類の商品が広く流通していて一物一価の法則が完全に成立しているとするならば、両国の物価を考慮した通貨価値の変動が即日為替レートに反映されて円高ドル安に調節されることとなりますが、その想定は現実的ではありません。つまり、購買力平価による為替レート動向の説明には、一物一価の法則の完全成立というあまり現実的ではない大きな仮定が前提条件として存在することとなり、それがなければ成り立たないわけです。

しかも、一物一価の法則が完全成立するくらい物品流通が日米両国同時に十分に広く流動的に実施できるのであれば、日本から高く売れる米国に向けて消費財が瞬時に大量に流れ込み、需要が瞬時に押さえ込まれて米国の消費者物価の上昇は起こらないはずのものです。そうであるならば、物価変動を織り込んだ購買力平価なるものを計算してみても、最初から意味がないことになります。

また、購買力平価説では、日米での一物二価状態が、一物一価の方向に向けて為替レートによる価格調節が為されると仮定しているわけですが、日米における各消費財に対する需要量には当然相違があり、同一である必要はありませんから、無理に同一物品が同一価格になるよう為替レートが落着するとは限りません。ここでも購買力平価説は同一消費財には同一の需要が存在するという幾分無理な前提条件を暗黙のうちに設定していることとなります。

さらに言えば、物価変動を考慮した各通貨の実質価値を実際の為替レートに反映させる肝心のルートや手段がありません。むしろ逆に、円高になれば輸入原材料が安くなりますから、物価も下がり、これまで100円だったものが90円になったりします。そうすると購買力平価は現実の円高に引っ張られて円高方向に動くこととなります。つまり、現実の為替レートを購買力平価に反映させるルートは存在しますが、購買力平価を現実の為替レートに反映させるルートは存在しないのです。購買力平価が円高だから、現実の為替レートが円高に振れるのではありません。逆です。

今現在、日本が90円前後の円高水準になっているのは、米国が量的緩和を実施しているのに日本が量的緩和を実施していないというだけのことです。日米両国の金利差が小さいので、通貨需要が一定範囲内だとすれば、通貨供給量の大きな差が為替レートに反映されているだけのことであって、購買力平価による円高説を持ち出すのは何かの勘違いだと思います。

現実には為替レートは購買力平価などに縛られることなく自由に変動します。理論的に60円になってもおかしくないと言ってみたところで、当面おそらくは60円にはならないものと思います。なぜならば、実際に為替レートを動かしているのは、購買力平価ではなくて、(A)二国間の金利差と、(B)二国間の通貨供給量の差の二つだからです。今後の景気回復過程では、経済回復力のある米国の金利の方が、景気停滞ムードの日本よりも早く上昇するはずなので、ドル円相場は現在の90円近辺から確実に円安方向に向かいます。日本はデフレが長引きそうなので、金利上昇は相当遅れそうですから、また円キャリー・トレードが復活するかも知れません。

■ドル円レートの落ち着き所は、100円~120円
以上を要約しますと、購買力平価は、現実の為替レートを動かす力はありませんし、むしろ逆に現実の為替レートに動かされる側の理論値、つまり現実の為替レートの従属変数であるということになります。従属変数である購買力平価でもって計算した為替レートの理論値に、現実の為替レートが鞘寄せするはずがありません。逆に、現実の為替レートに購買力平価レートの方が鞘寄せすることになります。また、購買力平価説の前提条件である一物一価の法則は国内はともかく、国内外を合わせたマーケットで成立を見込むのには無理があり、結局、購買力平価説による為替相場動向の説明は説得力を持ちません。

かつて1ドル=360円の時代がありましたが、このレートは日本の戦後復興を支援するために、米国が意図的に円安設定したものと考えられ、あまり基準とできる数値とは思えません。現在の経済力を反映したドル円レートの落ち着き所としては、100円~120円を当室としては想定しています。特に理論的根拠はありませんが、ここ10年来、多少のブレはあっても大体その近辺の推移で来ているため、近いうちにまたその位置に戻るものと思います。

したがって、外貨建ての投信などに幾らか資金を配分しておくと良い結果が得られるのではないかと思います。

※なお、上記の(A)(B)の前提として、不況下で貨幣の流通速度が相当程度低下しているということを想定しています。
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            (ドル円レートの推移10年間:ヤフーファイナンスより引用)