「国の借金」の意味と経済成長の理論

日本政府のバランスシートではなくて、日本国の金融資産のバランスシートというものは、以前どこかで見たことはありますが、直近では三橋貴明氏の日経ビジネスオンラインにおけるコラムのものが一番新しいものです。次の通りです。

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日本政府の財政はバランスシート上は債務超過とされていますが、日本国総体としては対外資産が多いので、差し引き263.4兆円のプラスの金融純資産があることになります。また、金融機関はほぼ両建てでチャラ、家計の貯蓄が政府と企業への貸出しに回って国民経済として釣り合いが取れていることが分かります。

ただし、このバランスシートは金融資産だけを対象としたものですので、対外純資産の存在を意味づける以外にどれほどの経済学的示唆があるのかはまだ当室として判断が付きません。もう少し追加で赤字国債の発行が可能なのかとも考えられますが、外貨運用している純資産部分が日本国債に投資転換されれば円高になりそうですから、そうとも言い切れないような気がします。ただ面白そうな印象なので掲載しておきたいと思います。

ところで、以下、少し長くなりますが、くだんの日経ビジネスオンラインの三橋氏の文章を都合よくまとめておきます。

◆「日本国が外国から借りているお金の総額は、2010年6月速報値で301.03兆円となっている。ただし、経常収支黒字国である日本は、巨額な「対外資産」も保有している。6月末速報値で、日本の対外資産は564.7兆円に達しており、対外資産から対外負債を差し引いた「対外純資産」は、263兆円を上回っている。この対外純資産の総額は、文句なしで世界最大である。日本は「国」としてみた場合、間違いなく世界最大のお金持ちなのである。(ちなみに、世界で最も「対外純負債」が多い国、すなわち貧乏な国は、文句なしでアメリカだ)。

実は、バブル崩壊前の日本政府は、資産と同規模の負債しか保有していなかった。すなわち、純負債(=負債-資産)がゼロに近かったのである。その日本政府の負債総額が、バブル崩壊後に一気に拡大した。純負債額も、今や600兆円に迫ろうとしている。企業が負債を増やさず、借入金の返済に専念した場合、当たり前だがGDP上で支出(民間企業設備)も減少せざるを得ない。GDP上で民間企業の設備投資が減る「不況下」では、政府は財政出動による景気対策を求められる。不況下で税収が増えることはあり得ないため、当然ながら政府は国債を発行せざるを得ず、負債残高は増えていく。

そもそも資本主義経済とは「誰か」が借り入れを増やし、支出に回さなければ、成長することは困難なのである。

もちろん、政府の借り入れの原資は「お金を使わなくなった、日本の民間(家計及び一般企業)」が貯め込んだ過剰貯蓄である。そして、この時期に政府が負債、支出を拡大しなかった場合、日本のGDPは毎年10兆円を超えるペースで減少していった可能性が高いのだ。すなわち、2ケタのマイナス成長が続いた可能性があるのである。

国家経済について、「家計簿」に喩えて説明する政治家や評論家が後を絶たないわけであるから、心底から頭が痛くなってくる。企業経営を家計簿に喩えて説明する人はいないと思うが、なぜか国家経済や財政については「家計簿的発想」が続出する。そもそも国家経済とは、ストック(バランスシート)もフロー(GDPのこと)も、共に企業や家計のそれとは全く異なる概念であるにも関わらず、である。

さらに、政府の経済政策は「インフレ期」と「デフレ期」では異なるわけだが、なぜか日本では「デフレ期にインフレ対策」を唱える人が後を絶たない。」

(以上引用、抜粋)(「「国の借金」意味分かって使ってる?」日経ビジネスオンライン/2010年8月17日)http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20100816/215789/?P=1

全体的に、マクロ経済学的に経済の仕組みを理解した上での説明であると思いますので、興味のある方は原文を参照されると良いでしょう。

■経済成長の理論
ところで、以下蛇足ですが、上記の論説の中で大切なのは、「そもそも資本主義経済とは「誰か」が借り入れを増やし、支出に回さなければ、成長することは困難なのである。」という一文です。ほとんどのマクロ経済学の教科書は、この借入れの重要性を教えないで、「投資=貯蓄」という事後的恒等式を掲げてお仕舞いにしてしまうか、あるいは「経済成長は総労働時間の増加と技術進歩率(生産性向上)に依存する」というサプライサイドに立った説明しかしないのが普通です。しかし、これらの説明は暗黙のうちに需要は常に存在するという間違った古典派的前提に立ってしまっています。

慢性的に生産力過剰である先進国の状態を考慮するならば、経済成長のカギは需要側が握っているのは明らかです。その需要、すなわち経済成長に必要なだけの十分な有効需要を支えるものは、貯蓄を上回る額の借入れによる投資(消費を含めてもよい)であり、その上回り具合いによってGDPの増加額(=成長率)が決まると言えます。

数値例で言えば、総生産が100(=総所得も100)と仮定し、所得のうち80を消費に回して20を貯蓄するのであれば、誰かがその貯蓄20部分を借り入れて投資に回すと、総需要は80+20=100となって、めでたく生産物がすべて売れてGDPは100となります。ここで、GDPを5%成長させるためには、生産側に余力があるという前提で、100×0.05=5、つまり5だけ総需要が多い状態、つまり100+5=105の総需要が必要です。そうすれば、総需要105に見合って総生産は105に(工場稼働率を上げるなどの方法により)でき、GDPも105となってめでたく5%の成長となります。

それでは、その余分な5の需要はどこから生まれるのかと言いますと、端的に言えば借入れ資金によって賄われる投資需要からです。貯蓄20に見合う20の借入れではなくて25の借入れを行えば事は成ります。つまり、事後的に貯蓄20以上の借入れ25となっていれば、その過剰借入れ部分の5が経済成長を成さしめる成長部分の有効需要を構成するものであり、そしてこれがさらに多額であれば日本の高度成長期に言われた「オーバーローン」「オーバーボロウイング」という懐かしい言葉に表象される状態となります。貯蓄は足りなくても銀行の信用創造により、あるいは日銀貸出しにより、貯蓄を上回る借入れ資金の供給は十分可能で、そのような状況で日本経済は高度成長して来ました。

ですから、不況脱出も、誰かが貯蓄以上に借入れを起こして投資もしくは消費すればいいわけで、不況期にはそれを政府が経済対策として実行するのが普通です。ただし、経済成長率の落ち込み分を適切に予測計算し、十分に借入れを起こして(=国債を発行して)お金を使わないと、経済がプラス成長するほどの効果がありません。財政的に景気対策を打つのであれば、GDPをプラス成長させる規模でなければ、「財政政策は効果がない」という誤解を生みかねませんので注意が必要です。これまでの歴史を見ても、財務省の均衡財政主義が邪魔をして、思い切った赤字財政政策が取れなかったケースがほとんどです。

■事業仕分けは経済的効果なし
ちなみに、民主党得意の事業仕分けは、国のお金の使いみちを変更してみたところで、予算の総枠が変更ないのであれば、GDPへの影響はありません。誰かの支出は誰かの所得なので、支出の中身をいじくってみても、総額が変わらない限り総所得が変化しないのは自明です。ただし、支出の優先順位を有効な方向に変更する政策的意義はありますが、それも仕分けの判断が正しい場合だけです。そして、その正しいかどうかの判定、つまり民間経済の活性化に資するかどうかの判定は結構困難です。細かな仕分けは時間の無駄なので、これだという根幹をなす不可欠な分野項目でだけ存廃の判断を下せば十分でしょう。