有効需要なくしてインフレなし

円高に対して日銀がこの次にどう動くかについて、8月26日の朝日新聞に田中隆之専修大学教授のコメントが顔写真入で掲載されていました。田中教授の結論としては、「80円を突破したあたりが節目であり、それまでは政府による為替介入も日銀による金融政策も温存すべし」ということになります。

そのあたりの認識は当室と概ね一致しているものの、経済効果に関する考え方には、依然として少しばかり違いがあります。田中教授はもともとが銀行員で金融が専門ですので、金融面に比重を置いた解釈が強いようですが、もう少し有効需要を重視する姿勢が必要ではないかと思います。インフレが貨幣的現象なのは間違いのないところとはいえ、有効需要の存在が不足している経済では決してインフレは発生しません。言い換えれば、買う人が少なければ値段は上がりません。

事実、お金が余っているはずの現在の日本ではインフレにはなっていませんし、またこれからどれだけ日銀がマネーを供給したとしても、それだけでは決してインフレにはならないと思います。なぜなら、金利が下がるところまで下がりきっているため、金利低下による投資需要喚起が無理となる「流動性のわな」の状態、IS-LMモデルではLM曲線が横に寝ている状態にあるからです。その場合はケインズの言う通り、財政政策の出動で有効需要を喚起する以外にはありません。

しかしながら、ここで田中教授は、クルーグルマン教授よろしく、「インフレを起こすには、急激に物価が上昇しても日銀がしばらくはそれを制御しないと、市場が信じる必要がある。「通貨の番人」の日銀がそんなことを放置するわけがないと、市場は考えており、実現は難しい。」と説明していますが、市場が日銀の機能想定をどのようにしているかを考える以前に、まずは有効需要が不足しているから物価が上昇していないのだという事実を認識する必要があるというものです。物価上昇の根本には、超過需要の存在が必ずあります。その認識が欠落した議論は意味がありません。

そしてまたその次に、「世の中に出回るお金を無理やり増やすには、政府が国債を発行して減税や公共投資をし、日銀が同額の国債を市場から買うしかない。しかし、それは最後の手段だ。日本はそこまで深刻ではない。」と述べていますが、考え方が逆で、大事なのは出回るお金を増やすことではなくて、景気を持ち上げることなのですから、国債発行による減税や公共投資によって景気が回復すればその結果として自然に流通する通貨量も増大するという方向で説明するべきところです。金融面に比重を置き過ぎです。

市場に流通する通貨量を増やすのが目的であれば、円売りドル買いあるいは円売りユーロ買いの方が直接的で効果があるものと思います。中国が米ドルにペッグさせるために大量に元を売ってダブついた元が不動産バブルに一役買っていること、あるいは元安レートが維持されて輸出に有利に働いていることなどは、ご承知の通りです。今年は日本を抜いて世界第二位の経済大国となったであろう中国が為替介入で元レートを割安に維持しているわけですから、日本が豪快に為替介入して欧米に文句を言われても反論の余地はあるでしょう。

しかし、朝日新聞の朝刊に顔写真入りで記事が出るようになりましたか。田中教授も出世しました。

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(2010/8/26付け朝日新聞朝刊より)