ロバート・シラー氏「増税・投資型歳出セットで」/日経新聞WEB刊より

エール大学のロバート・シラー教授の論説は、経済学として標準的であり、示唆に求む内容でもありますので、普段から注目しています。今回は、日経新聞WEB刊に掲載されていたものを転載しておきたいと思います(※1)。

要点としては、次の通りです。

①米国経済の現局面は、株式と住宅の2つのバブルが崩壊した後の、日本の1995年前後に似ている。
②バブル崩壊は、消費者心理への影響とバランスシート調整という2つの余波をもたらす。借りたローンより購入した住宅の価値が低い家計は全米で1100万件、全体の4分の1にのぼる。状況が改善する証拠は見当たらない。
③取るべきモデルは日本型だろう。財政出動を繰り返し、国家債務は非常に高水準になった。しかし、低いながらも成長を維持し、恐慌には陥っていない。それが現実的に我々が望めるベストの道だと思う。多くの国が景気刺激策をとるべきだ。
④目の前の不安は欧州。
⑤均衡のとれた景気刺激予算という道があるはずだ。40年代に(経済学者の)サラントとサミュエルソンが、増税と歳出拡大を同時に実現すれば、政府債務は膨張しないと論じている。焦点は富裕層への増税だ。ただ、政治的には正しくても、実行するのは難しい。
⑥そこで、投資家が一国の経済全体に投資する金融的手法として『トリル』がある。国内総生産(GDP)の1兆(トリリオン)分の1を1株として、株式のような形で投資家に持ってもらう。政府は四半期ごとに配当を払い、景気が良くなれば増配するというものだ。
⑦日本経済が長期停滞を抜け出すには、景気刺激策が必要だ。
⑧政府は債務をこれ以上増やさない責任ある姿勢を示し、増税と同時に支出を増やす。科学研究など、将来の成長につながる投資型支出が重要だ。大切なのは経済を前に進めることで、債務削減を今すぐに急ぐ必要はない。

シラー教授の見解は上記の通りですが、「トリルズ」については、既に以前紹介しました。この発案は、当室の永久国債案と似てはいるものの、不況下の現状ではトリルズの販売は困難ではないかと思います。

いずれにしても、景気刺激策、つまりは積極財政政策の採用をシラー教授は提言しています。そしてそれは、増税とセットとなっており、増税と歳出拡大とを同時に実施するという内容です。

確かにそれであれば、財政収支的には均衡しますので、財政赤字の悪化・拡大はありません。財政赤字を悪化させることなく景気を刺激する効果も少しはありそうです。ただ、当室としては、また別の有効な景気刺激策が日本にはあるものと思います。

◆「トリルズ」 → 国家による「GDP株」発行と永久国債/ロバート・シラー教授 http://toshukou.at.webry.info/201106/article_2.html


[以下、引用]
◆(※1)世界経済 危機脱却の処方箋は
ロバート・シラー氏「増税・投資型歳出セットで」「人間本位の金融目指せ」/日経新聞WEB刊より

2012/5/20付 情報元 日本経済新聞 朝刊

米欧発の金融危機からほぼ4年。世界の金融・証券市場にはなお不安定さが残っている。世界経済は危機から脱却できるのだろうか。危機を招く一因になった金融の未来図をどう描くべきなのか。1990年代の米国のITバブルを「根拠なき熱狂」と呼び、その後の住宅バブルの拡大に早くから警鐘を鳴らしてきたエール大学のロバート・シラー教授に聞いた。

エール大学教授 ロバート・シラー氏
――金融危機の大底から3年余りがたつ。米国経済はどんな局面にあるのか。

「株式と住宅の2つのバブルが崩壊した後の、日本の1995年前後に似ている。歴史的に例が少ない形でのバブル崩壊であり、科学的手法での予測は困難だ。ここからどこへ向かうのか、誰も分からない」

「バブル崩壊は、消費者心理への影響とバランスシート調整という2つの余波をもたらす。借りたローンより購入した住宅の価値が低い家計は全米で1100万件、全体の4分の1にのぼる。状況が改善する証拠は見当たらない。米経済の回復力は強くなく、米経済は日本の『失われた10年』の背中を追う懸念がある」

取るべきは日本型

――景気が二番底となる可能性も指摘している。

「30年代の大恐慌は2つの局面に分かれる。株価崩落が29~33年。その後、37年まで景気回復が4年間続いたが、再び景気は腰折れし、行き着く先は第2次世界大戦だった。今回も景気の腰折れを心配している。(政府債務問題への不安を解消しようと)多くの国は財政緊縮策に傾きだし、経済全体への影響を考えれば、楽観的にはなれない」

――緊縮策は危機脱出に向けた答えではないと。

「財政再建策がある意味、信用回復をもたらす面もある。だが、緊縮策が適切な政策だとは思わない。取るべきモデルは日本型だろう。財政出動を繰り返し、国家債務は非常に高水準になった。しかし、低いながらも成長を維持し、恐慌には陥っていない。それが現実的に我々が望めるベストの道だと思う。多くの国が景気刺激策をとるべきだ」

――景気が底割れするなら、その引き金は。

「目の前の不安は欧州。スペインとイタリアで銀行システムへの不安が再浮上している。欧州中央銀行(ECB)の資金供給の効果はいま一つ。預金流出が止まらず、政府が債務を借り換えたくても、銀行側が(国債を)引き受けきれないかもしれない。危機の引き金は心理的なもので、金融機関が信用を失い、人々が一斉に逃げ出す事態に陥るかを予測するのは難しい」

緊縮策より刺激策

――政府債務問題はどう解決すればいいのか。

「政治の問題だ。経済危機で財政赤字が膨らむのは当然。税収が落ち込む一方で、経済を支えるために政府支出を増やさねばならない。一般の人から(債務削減への)支持をどうやって取り付けるかが大切だ」

「均衡のとれた景気刺激予算という道があるはずだ。40年代に(経済学者の)サラントとサミュエルソンが、増税と歳出拡大を同時に実現すれば、政府債務は膨張しないと論じている。焦点は富裕層への増税だ。増税しても消費面への影響は小さい。ただ、政治的には正しくても、実行するのは難しい」

――危機脱却策として「トリル」という概念を提唱している。

「今回の危機は(返済能力以上に債務を膨らませた)レバレッジ危機。家計と同様、国家規模で過剰な債務を抱えてしまった。このレバレッジを低下させる金融的手法が『トリル』だ」

「国内総生産(GDP)の1兆(トリリオン)分の1を1株として、株式のような形で投資家に持ってもらう。政府は四半期ごとに配当を払い、景気が良くなれば増配する。投資家が一国の経済全体に投資する。米国内に限らず、世界からも関心が集まるだろう

――日本経済が長期停滞を抜け出すには。

「景気刺激策。需要不足を政府支出で補うべきだ。バブル崩壊後、日本はうまくやってきた。経済は成長し続け、失業率も低い。問題は期待ほど成長率が上がらないことだ。日本の債務残高のGDP比率は世界的にみて極めて高い。政府は債務をこれ以上増やさない責任ある姿勢を示し、増税と同時に支出を増やす。科学研究など、将来の成長につながる投資型支出が重要だ。大切なのは経済を前に進めることで、債務削減を今すぐに急ぐ必要はない」

――金融危機後、マーケットや金融機関に注がれる視線が厳しくなった。

「問われたのは金融の倫理だ。富を増やす動機は経済活性化に必要だが、それが全てではない。富を得た人、特に金融機関の傲慢さに人々は怒りを向けている。他人を顧みない利己主義には規制が必要だが、金融があるからこそ誰もが自由に事業を興し、経済を発展させる道が開ける。警官だらけにして道をふさぐことがあってもいけない」

――規制強化が景気を悪化させる懸念は。

「好況期にこそ規制当局は厳格であるべきだが、好況期はほったらかしで、最も厳しい環境のときに規制が強まる。だからバブルとその崩壊が起きる」

「サブプライムローンの証券化というアイデア自体は健全だ。(証券化商品を)複雑に組み合わせ、元の借り手を把握できなくした使い方に問題がある。金融商品の誤った利用を監督する規制当局は必要だ」

――金融の未来像は。

「もっと“民主化”され“人間本位”であるべきだ。あらゆる人の問題解決に役立つのが民主化の意味するところ。人間本位とは、心理を深く理解した上でふさわしい組織や商品を作ることだ。例えば住宅価格が下がることに、家計も企業もヘッジ手段を持っていなかった。人間工学では人のエラーを考慮にいれて設計する。金融も『資産分散とヘッジ』という原則論でなく、人が誤りを犯すことまで考えに入れるべきだ」

「例えば、住宅ローンを継続的に点検して、将来もし住宅価値が下がれば、ローン残高も減らす仕組みにする。そうすればリスクを広く分散でき、過剰債務問題は起きない。金融サービスの担い手は、掛かり付け医のように家庭が信頼できる助言者であるべきだ」

「草の根」から活力

――金融の民主化とは金融機関が巨大になりすぎたことへの反省なのか。

「1789年のフランス革命が貴族の農地を市民に開放したのを思い返せばいい。小さいビジネスは人々の参加意識を高める。巨大な金融機関に集中し過ぎた力を分散させて、『良き社会』を目指すときだ」

「一つの金融機関に過剰なシェアを握らせないようにするのが今の金融改革だが、それ以上に注目すべきは、起業家や中小企業にクラウド(大衆)ファンディングを認める新法の成立だ。ウォール街の巨大な金融機関を介さなくても資金を調達できるようになる」

「経済学者ハイエクによる1940年代の議論は今も生きている。特定の学者や国の指導者が全てを把握できるわけではない。活力ある経済が必要とするのは草の根からの参加だ。そこに創造力が生まれる」

――神経科学と金融の交流に取り組んでいる。

「脳のどういう回路を通って、人間が攻撃的になったり、逆に利他的、慈悲的な行動がもたらされたりするのか。そうした理解は人間に関わる全てのデザインづくりに関係する。金融もその中に含まれる」

――アカデミズムは危機脱却への明確な答えを見いだせていない。

「1900年前後から米国の大学は専門ごとに分断化した。個々の研究の最前線を突き進めるからだが、必ずしも正しいとはいえない。当大学にいた故マンデルブロ教授は数学者であると同時に、経済学や海洋学、気象学で功績を挙げた。多彩な才能が集い、いろんな角度から議論、研究するモデルも必要だ」

バブル、いち早く指摘
ミシガン州デトロイト出身。67年ミシガン大卒、72年にマサチューセッツ工科大(MIT)で経済学博士号。
1990年代後半のITブームの危うさを感じ取り、いち早く「バブル」と呼んだ。株価やマクロ指標など統計データを駆使、人間の心理や感情に着目する行動経済学のアプローチから、市場の過熱に警鐘を鳴らした。

「S&Pケース・シラー住宅指数」の考案者としても知られる。2000年代半ばから米国での不動産バブルのリスクを指摘していた。最新著「ファイナンス・アンド・ザ・グッド・ソサエティー」では、社会に貢献し共存できる金融の未来図を描いて話題を集めた。神経科学との融合など多方面から金融研究の水平線を広げる。66歳。

次の危機回避へ新たな金融像を

「日本モデル」への視線は決して楽観論に聞こえない。長期停滞する日本の背中を世界が追うことを「望めるベストの道」とするのは、別の道を歩めばもっと危うい結末が待つとみるからこそ。危機対応のまずさが次の危機を生んだのが、大恐慌後の歴史の教訓でもある。

金融不信は危機後の自然な反応だが、金融機能がマヒすれば危機脱出の道は遠くなる。教授はネット上での資金調達の解禁など、金融の民主化を強調したが、次の危機回避へ新たな金融の将来像を描く必要がある。金融はもっと人間を学ばなければならないというメッセージも重い。良き社会に貢献する金融へ、危機後の模索は続く。

(米州総局編集委員 藤田和明)
[以上 引用/マクロ経済動向と資産運用形成研究室]