生産体制 円安で見直し

日経新聞の報道によれば、円安の進行を受け、やはり製造業の国内回帰の動きが鮮明になりつつある様です(※1)。2年ちょっと前まで1ドル80円レベルであった為替相場が、現在の120円レベルまで来れば、仮に80円を基準とすれば50%の円安ということですから、1円のコスト削減にも敏感な製造業としては、この情勢を見逃すことは到底できませんし、また製造業でなくともここまでの環境の激変があれば、当然に相応の体制整備を実施することとなります。

少し以前、購買力平価説論者たちが1ドルは60円を目指すという勇ましい論陣を張っていた頃に、当室管理人は1ドル100円~120円あたりが妥当な水準ではないかという相当に場違いな予測を書いていましたが、やはり経済の現場実態というものは理屈通りに動くものではなく、予想外の揺れが生じるもので、当室想定通りの妥当な水準(?)のドル円相場となって来ています。おそらく、この1ドル120円という円安水準は、反動揺れ戻しというものではなくて、結構長続きしてしまい、購買力平価説の説明力が崩れてしまう可能性が多分にあるように思います。

購買力平価説は後追いの移動平均線的発想を根底に保持しているために、それでは移動平均線に先行してマーケットで生起する現場のナマのドル円水準は予測・説明できないことと思います。国内物価高→円安という部分を重視し過ぎると、円安→国内物価高という逆の点を見逃してしまいます。

また、日本円の実質実効レートを基準とした議論も、当室はいささか眉唾ものと見ています。

日本円の実質実効レートを見ますと、驚くべき事に現在の水準は、1985年のプラザ合意以前の“円が極めて割安だった”とされる時期と同程度となるそうで、このため、「日本円はすでに過度に割安である、近いうちに大幅に円高に戻るはずだ」という趣旨の主張も見られますが、当室管理人としては、何故にして1ドル120円レベルで極めて割安なのか、理解に苦しみます。

仮にこの1ドル120円の水準が何年間も継続してしまったとしたならば、実質実効レートを基準とした主張は説明力を消失してしまいます。為替相場というものは、一定の傾向性はあるとしても、基本的にそうした理論や理屈に縛られるものではなくて、もっと計測不能な性質を併せ持つのではないかと思います。

いずれにしても、円安となれば輸出産業に有利ということと、輸入品価格の上昇によって国内製造品の競争力が回復しますので、製造業全般に活気が出てくるのは間違いのないところです。

以前、日本経済停滞の主たる原因は円高にあるという説明を書きましたが、今回の円安進行は、時間をかけて徐々にその説明の妥当性を示してくれるものと思います。(今後1年程度でぱっと明るくなったりはせずに少しずつだと思いますが・・・。)

なお、日本株については、日銀の量的緩和継続、円安の進行、原油価格の下落など、国内経済に有利な要素が多いため、やや強気で個別株を物色する方針です。米国は原油価格下落によるシェール企業の一部倒産などで神経過敏になっていますが、原油価格下落は総体的には米国経済にはプラスに働くものと思います。

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(ドル円相場5年間:SBI証券より引用)


[以下、引用]
◆(※1)生産体制 円安で見直し
キヤノン、国内比率5割超に 新製品原則日本で パナソニック、白物家電で検討

2015/1/9付日本経済新聞 朝刊

円安水準が続く為替相場を受け、企業に生産体制見直しの動きが出てきた。キヤノンは新製品の生産を原則、国内に切り替える方針。パナソニックやシャープも国内市場向け家電製品の一部で国内生産を増やす検討に入った。世界展開する企業の多くは為替相場の変動に左右されない消費地での現地生産を基本戦略としている。生産体制の見直しにより、世界規模でのより最適な生産配分を探る。

キヤノンは2年以内をめどに現在約4割の国内生産比率を5割超に引き上げる方針だ。8日、日本経済新聞の取材に応じた御手洗冨士夫会長兼社長最高経営責任者は「製品が切り替わる機会に日本で(生産体制を)立ち上げる」と述べた。

複合機やカメラ、プリンターなど全製品を対象とし、高価格帯を中心に国内生産に切り替える。低価格の量産品は海外拠点での生産を続け、「海外の工場を閉鎖する考えはない」と御手洗氏は明言した。国内、海外ともに生産拠点を維持し、為替の変動に応じて機動的に生産配分を変更できる体制を整える。

海外生産の増加とともに現地調達が増えていた部品の一部も国内生産に切り替える考え。国内でつくっているコア部品に加え、汎用品以外の中級部品の生産も国内に移し、「日本から逆に海外に部品を供給する」(御手洗氏)。国内での新たな設備投資について、御手洗氏は「今空いているところがいっぱいになってから、3年以内にはありうる」と述べた。

足元で国内生産を増やす動きが目立つのは家電メーカーだ。

パナソニックは中国で生産する白物家電の一部機種の生産を国内に移す検討に入った。対象は電子レンジやエアコンなどの中上位機種となる見通し。海外生産比率が高いパナソニックの家電事業は対ドルで1円円安に振れると営業利益が18億円目減りする。2015年3月期は想定為替レートを1ドル=110円としており、15年春以降に発売する白物家電の新製品の一部を神戸市や静岡県袋井市などの工場で生産する方向で準備している。

シャープも白物家電や液晶テレビの一部を国内生産に移管する方針。国内に生産を移す場合も既存の設備を活用し、新たな設備投資は計画にないという。

円安は国内生産が主体となっている造船や半導体にも追い風となる。三井造船は船舶や船舶用エンジン、港湾クレーンなどを生産する国内主要生産拠点に約170億円を投じて設備を増強することを決めた。円安などを背景に受注環境が改善していることも理由の一つだ。

半導体では東芝やソニーが国内での生産を増強する。ソニーは世界首位の画像センサーの国内2工場に15年度までに約350億円を投資し、生産能力を1割増強。円安で輸出競争力は高まっており、販売が伸びれば、一段の投資につながる可能性がある。


◆(※2)実質実効為替レートで“過度の円安”ってホント? 2014/11/04
eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)

「異次元緩和による行き過ぎた円安が日本経済を痛めつけている。これが株価下落の原因だ!」といった主張を散見するようになりました。円安の論拠としては「実質実効為替レートで見ると、現在の為替レートは1985年プラザ合意前の円安水準と同じ」ということもよく指摘されます。

しかし、数字の魔術師のような面々が“実質(Real)”で“実効”(Effective)で、いかにも「本当に意味がある数値はこれ」と示唆するときほど怪しいことはありません。
そこで、多くの方が引用する国際決済銀行(BIS)の元データをよくよく調べてみると、違った結論が見えてきました。

図1は1985年からのドル円相場と日本円の実質実効レートです。
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ドル円相場(赤実線、右軸)は、1985年9月のプラザ合意から一気に円高が進み、1ドル250円台だったドル円相場が2年後の1987年には120円台にまで急騰しました。その後は大きな振幅はありますが、円高米ドル安の長期トレンドは続いているように見えます。

一方、理論的には「インフレ率が高い国の通貨は、インフレ率が低い国通貨よりも安くなるべき」という考え方があり、これを修正したものが実質レートと呼ばれます。ちょうど名目GDPと物価を修正した実質GDPのようなものです。これに従うなら、デフレが長い日本の円と緩やかなインフレ期間が長い米ドルでは、理論的にはインフレ率は円高になるべきで、同じ為替レートのままなら“実質的には円安”となります。

また、米ドルだけに対する強弱ではなく、他の通貨に対して総合的にどうなったか見るために、貿易量などで調整した数値が実効レートです。そして、この二つの調整を同時に行ったものが、「実質実効レート」(図1の青実線)です。これをみれば、日本円という通貨の価値が高くなったのか、安くなったのかが分かるとされています。
その「日本円の実質実効レート」をみると、驚くべき事に現在の水準は、1985年のプラザ合意以前の“円が極めて割安だった”とされる時期と同程度です。このため、「日本円はすでに過度に割安である。だから、これ以上の円安は日本経済にメリットはないし、近いうちに大幅に円高に戻るはずだ」という主張が出るという訳です。

■実質実効為替レートは相対的な国の隆盛を示すだけ?

“〇〇〇調整金”というような経費は不正支出の温床であることが多いように、“実質”や“実効”とついた数字は、計測期間・計測対象・計算方法によって大きく結果が変ってきます。例えば、“実質レート”を算出する際に用いられるインフレ率といっても国ごとに物価体系は違いますし、それが特定の産業や企業の競争力に影響する程度は一様ではありません。また、実効レートを計算するときは、対象とする国をどこにするか、貿易量全体を見るBIS方式か、輸出だけを見る日銀法式かでも各国通貨のウェイトが大きく異なってきます。また、BISが発表する実質実効レートには対象国を絞ったNarrow Baseのものと、より多くの国々の通貨との関係を調べてあるBroad Baseがあります。

図2は長期間のデータが取れる対象国を絞ったNarrow Baseの主要通貨の実質実効レートです。これを見ると、確かに日本円(紫線)は1985年ぐらいの水準に戻っていますが、「ここ50年間は日本円の上昇が飛びぬけて大きく、それが1995年をピークにやや落ちてだけ」ともいえます。また、韓国ウォン(水色線)は依然として規制通貨ですが、1964年に比べても大幅に安い水準に据え置かれている事が分かります。、米ドルは長期的に相対的な通貨価値が落ちていますが、スイスフランやユーロはジリジリ強くなっていると言えます。豪ドルは長期間低迷していましたが、近年資源価格上昇で盛り返し、通貨価値も上がってきたようです。
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また、より多くの国々の通貨を対象に算出したBroad Baseの実質実効為替レートで、日本との関係が深そうな国の通貨を示したのが図3です。
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このデータは1994年以降分しかないのですが、図2同様に日本円が1995年をピークに通貨の価値が落ち続けていることはよく分かります。では、通貨価値を大きく上げているところはどこかというと、ロシアルーブル、中国人民元、豪ドル、UAEディルハム、シンガポールドル、ブラジルレアルです。また、先進国通貨は日本ほどではないものの押しなべて低迷しています。結局のところ、実質実効為替レートが上昇しているのは成長著しいBRICsを始めとする新興国と資源国です。端的に言えば国力の隆盛を示しているとも言えます。

とすれば、低成長、少子高齢化に悩む日本の通貨の価値が1995年以降相対的落ちているとは言えても、「今後日本円は諸通貨に対して戻るはず」や「ドル円レートは行き過ぎ」とは言えません。

■投資に活かす使い分け

数年程度の為替変動を考えるなら、実質実効レートの変動に惑わされることなく、対米ドルで上がっているか下がっているかだけを見たほうが良さそうです(図4)。これなら、リーマンショックで韓国ウォン、英ポンドは通貨安を実現して現在も相当低水準にあること、豪ドルはリーマンショック後の下げもその後の上げも大きいこと、人民元が一貫して上昇していること、2009年から2012年半ばまでの日本円は強過ぎた事が見て取れます。実際、ハイパーインフレにでもならない限り、企業会計、借入金、経費は名目為替レートがしっくり来ます。

また、日本企業との競合が多い国の通貨である韓国ウォン、ユーロ、英ポンドが日本円に比べて対米ドルで安いままなので、円安米ドル高にもかかわらず、日本からの輸出が伸びにくい理由の一つとなっていることが分かります。
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一方、長期的な為替ポジションや、現地でのビジネスを考えるなら、“相対的に伸長する国の通貨は強くなる”、“通貨価値の変動が激しいクセのある通貨がある”ことを裏付けるものとしてであれば、各国の実質実効為替レートを使うことが有効と考えられます。

(念のため付言しますと、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。)
[以上 引用/マクロ経済動向と資産運用形成研究室]