リタイヤメント

個人投資家の方々は、オーリー・リタイヤという言葉が大好きな人たちが多い印象を持ちます。そうでなければ、セミ・リタイヤという言葉でしょうか。

早く引退してどうするのか、という素朴な疑問はあるとしても、オーリー・リタイヤは言い換えれば、「若いうちに経済的自由が欲しい」という意味なのだと思われます。言って見れば贅沢な願望です。資本主義では、資本家に有利な経済体制であることは概ね間違いのないところで、その分資本家にはリスクはありますが、経済的な自立性というものは確かに確保される一面があります。そこで、株式投資によって資産形成を行い、一定の小資本家を目指すという一つの目標が提示されるわけです。小資本家となる目的は、第一段階としては老後資金の確保、第二段階としては経済的自由の確保、というわけです。

その点、サラリーマンで給与所得を得ながら、インデックス投信や個別株に余裕資金を投資している我々の様な個人投資家は、比較的気楽で有利な立場にあると言えます。運用資産がある程度積み上がり、配当収入で必要最低限の年収、たとえば300万円とかを得ることによって、会社の仕事は能力一杯しなくても良い、あるいは不本意な仕事はしなくても良い、という様なフリーランス的な立場になるというのは、一つの理想形ではあります。半分は小資本家として投資収入を稼得し、半分は労働者という立場で多少の給与収入も得て、気楽に趣味などに一定の時間を投下できます。

しかし、オーリー・リタイヤよりも前に考えなければならないのは、切実なところでは老後資金対策でしょうか。年金収入だけでは、老後資金は不足するので、退職する時点で必要となる貯蓄は、3000万円とも5000万円とも言われています。普通に勤務しているだけでは、貯蓄としてかなり大きな金額目標がのしかかって来るのですから、多くのサラリーマンにとっては、老後資金の確保だけでも大変な計画性と努力が必要だと思います。その対策として、ネット証券の積立て投資でインデックス運用、というのが無理のない標準策でしょうし、無難で有力な方法だと思います。

さて、当室管理人は、この3月末(2018年3月)でもって15年来勤務した職場を退職し(通算38年間の勤務を経て)自宅管理人となりました。ほぼ定年退職ということなので、個人投資家の皆さんの好きなオーリー・リタイヤではありません。

一般的には、会社を辞めてしまうと、最初は骨休めができて嬉しいのだが、2-3ヶ月経過したあたりから退屈してしまい、暇を持て余して退職を後悔する人が結構多いと聞いています。しかし、当室管理人はやや体調が低下しているので退職しても本当の休養に移行してしまい、半年近く経過しても後悔はしておりません。株式投資以外に、歴史研究という安上がりな趣味もあるので、おそらくは、このままずっと後悔はしないものと思います。

株式投資は、永年来の趣味となっているので、仕事のリタイヤに関係なく止められません。当室管理人の勤務先は退職金がほとんど出ない会社ですので、その分毎月の積立て投資は切実ではありましたが、思い切ってマイカーを持たない方針で20年以上過ごして来ていますので、それだけでもおそらくは20百万円近くは節約できているものと思います。ただ、娘と息子が私立の中高大に行ってしまい、その支出で節約分はすでに相殺されて消滅しているという説もあります。

実際にリタイヤしてみますと、年金および想定外に積立て不足の運用資金からの取り崩しとを合わせてどうにか収支が維持できるという切実な事実は、やはり否定できないところです。