亀井金融担当相は、思いつきのモラトリアム発動よりも「バーゼルⅢ」を心配せよ

亀井静香郵政・金融担当相がおかしな発言をしていると思いましたら、根本に銀行不信があったということでしょう。「政治家は国民の意見をいろんなかたちで常に聞いている」(※1)のは確かですが、借り手の意見は聞いていても、銀行員の意見を聞いていないことは明白です。銀行側の見解も十分に聞いていて、かつほんの少しでも常識が備わっていれば、借入金の返済猶予というような資本主義の根幹を突き崩すような発想は出てくるはずがありません(※2)。亀井大臣は以前から積極財政論者で好感を持っていただけに、今回の発言には失望しました。

いい機会なので触れておきたいと思いますが、銀行の貸し渋りや貸しはがしというのは、マスコミの造語であって、銀行は基本的に貸し渋りや貸しはがしは、したいわけではなく、逆に年中いつでも貸出しを伸ばしたいと考えています。銀行員個人としても、貸出しを伸ばさないと成績にはなりませんので、貸出し意欲は常に旺盛です。しかし、景気が悪いと貸出ししたくても審査上貸出しができない案件が増加します。これを貸し渋りと解釈するのが世間というものですが、銀行としては渋っているのではなくて与信判断として貸出しできないというだけのことです。

亀井静香郵政・金融担当相が日頃の陳情で耳にしているような表面的な事柄が100%では決してなく、亀井大臣は物事の半分を捉えているに過ぎません。赤字で担保なし、保証人なし、業績見通しも悪い、そうした中小企業は多いですが、借入れの申し込みに来られても銀行も困ります。何とかしたいと頭をひねりますが、貸し倒れが見えているのに貸出しをすると、それこそ非難の対象となります。貸出しの元手は預金者から預かった預金ですので、毀損することは許されません。

銀行も業績を伸ばしたいわけですから、最初から貸出しを渋るということは基本的にありえない話で、貸出し可能かどうかというのは、要するに与信の保全が取れるかどうかということです。保全の中身は不動産などの担保の場合もありますし、保証人の場合もありますし、また、キャッシュフローの安定性の場合も、販売先の信用力の場合もあります。そうした様々な保全策が何も取れないとすると、さすがに貸出しは困難です。

亀井大臣も黒字なのに貸しはがしで黒字倒産しているようなもっともらしい事例を挙げていますが、ホントの意味で黒字であれば、貸しはがしや貸し渋りはありえません。銀行も相手をよく見ています。事実、当室管理人の勤務先(中小企業の一つです)は、リーマンショック以降も一貫して、三井住友銀行からいくらでも貸出しするのでぜひ借りてくれと毎月言われて困っています。銀行とはそうしたものです。借入れが膨らんだので、一部繰上げ返済を申し込んだことがありますが、その時の銀行担当者のがっかりした表情は忘れられません。信じられないかも知れませんが、何と銀行は、基本的に融資資金は返済してほしくはないのです、本当は。融資残高が減少することなく、ずっと利息だけ支払ってもらうというのが、融資の理想型というものです。

実のところ、黒字でも資金繰りが詰まる会社はたくさんあります。たとえば、不良な売掛金だけ膨らんだような場合、表面的に「黒字」にはなりますが、回収が停滞して倒産することもよくある話です。亀井大臣の言う黒字企業とは多分そうした「黒字」企業なのであって、大臣自身はそのあたりがよく分かっていないのだと思います。銀行が貸出ししないのは、借手側に問題があるのが普通です。資料を出さない、出せない、説明がちぐはぐ、資金使途が不明朗、資金繰りが見えない、売掛金の多くが回収不能、よく計算すると債務超過・・・、これでは貸せません。借り手はまず資料を整備し、銀行が欲しがるデータをすべて提出することから始めるべきです。

以上のような難しいことを言わないで、政治的な面で最も分かりやすいのは、信用保証協会の保証枠の拡大だと思います。これがあれば、基本的にどのような先にも貸出しはできることとなります。逆な意味でのモラルハザードとなりますが、不況ですので、そのあたりは片目をつむるしかありません。

話は変わりますが、8月下旬の衆議院選挙期間中に、或る自民党の衆議院議員の方と直接面談する機会があり、銀行の貸し渋りの話となりました。しかしながら、政権政党の自民党の国会議員でも、銀行の融資実態については基本的に十分な理解をしていただいていないということがよく分かりました。その方も、銀行の自己資本比率が上昇すれば中小企業貸し出しが伸びるのではないか、あるいは政府資金で銀行に融通がつけば、融資が増加するのではないか、というような理解の仕方でしたので、当室管理人が、「銀行の中小企業融資を伸ばす簡単な方法は、信用保証協会の保証枠拡大だけである」ことを説明すると、「そうなのか、知らなかった」という感じでした。

多分亀井大臣も同じような感じの認識なのではないでしょうか。民間企業である銀行の方に中小企業融資の貸し倒れ損をすべて負担させるのは全くの筋違いで、銀行は貸付金保全のために当然回収するべきものは回収します。そうしないと銀行自体が倒産してしまいます。リスクの大きい中小企業に貸出しを伸ばしたいのであれば、政府系金融機関で融資するか、信用保証協会の保証拡充か、どちらかしかありません。どちらにしても、貸し倒れ損失が発生した場合は、財政的に負担するしかなく、民間企業である銀行に回収を禁じて損失全額を付け回すのは理屈が合いません。

亀井さんが金融担当大臣の間は、銀行株は沈没です。この低い発想レベルでは、「バーゼルⅢ」阻止というような高尚なことを論じるのは望むべくもありません。

常識外れのモラトリアム制度法案が、まさか国会を通過することはないと思いますが、万が一可決されたような場合、銀行は①現状以上の融資は停止して、むしろ②何らかの方法での強制回収態勢に突入することと思いますので、貸し渋りと貸しはがしが本当に横行し、法案の意図とはまったく逆の効果が発生するだけでしょう。銀行株だけでなく、不動産株やノンバンク株も沈没、せっかく復活しつつあるJ-REITも併せて撃沈されそうです。日本経済自体が大きく収縮する可能性も十分あります。

ちなみに、信用金庫や信用組合などは一生懸命頑張っている中小企業です。亀井大臣いわく、「貸し手が資金繰りに困るときは国家的な見地から対応する手法はいくらでもある」とは、発想がねじれていますよね。これでは民主党政権も長くは持ちますまい。

9月19日の日経新聞でもまだ言っています、「やりますよ。3党で合意したことだし。貸手が困っているときは税金で救う。借り手が困っているときは返済を猶予する。当たり前の話だ」

・・・借り手が困っているときは、何故に税金で助けることにならないのか、思考回路に狂いがあるのではないですか。

[以上のまとめ]
1.亀井静香郵政・金融担当相が主張する返済モラトリアム法案が可決されれば、現場も日本経済も混乱する。
2.法制での強制や政治的圧力で銀行の中小企業融資が伸びるという考えは間違い。
3.融資を伸ばすには、信用保証制度の拡充が最善。
4.銀行自己資本比率を強化しても融資は伸びない。むしろ融資を絞ってリスク資産を減少させる懸念の方が大きい。「バーゼルⅢ」は経済情勢がもっと回復してからで十分である。
5.亀井モラトリアム法案が強行される場合は、当室としては持ち株はすべて処分の方向。

■せっかくの麻生内閣09年度補正予算も凍結3兆円超、ということで9月19日の日経新聞1面に記事が出ていますので、来年4月までの間、景気対策の空白が生じそうです。株価にはマイナス影響があるでしょう。

■支離滅裂な日本政府に比較して、米国政府の政策は統一的で一貫性があります。11月末に期限が到来する住宅減税について、「[ワシントン 17日 ロイター] ガイトナー米財務長官は17日、初回住宅購入者向け税控除の延長について、オバマ政権は決定していないが、慎重に検討していることを明らかにした。」と報道されています。景気対策として有効性があると考えられるものは着実に採用し、補強しています。NYダウは底堅いと思います。

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◆(※1)「政治家は国民の意見をいろんなかたちで常に聞いている。この7-8年、ある面ではモラルハザードが金融界に起きていると疑わざるを得ないマター(事柄)が相当ある」と述べた。「利益を上げることも大事だが、同時に、国民経済全体に対して責任を持つことが経営姿勢の根幹にないといけない」と指摘。例として、消費者金融に資金を供給しながら、中小・零細企業などへの直接融資に消極的なケースを挙げ、批判した。」(「モラルハザードが疑われる事柄、相当ある=亀井郵政・金融相」09/09/18ロイター)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11565320090918?feedType=RSS&feedName=topNews

◆(※2)「郵政問題・金融担当相に就任した国民新党の亀井静香代表は16日から17日未明にかけての記者会見で、中小企業による借入金や個人の住宅ローンなど銀行への返済に一定の猶予期間(モラトリアム)を設ける制度の導入について、法案化した上で10月の臨時国会に提出する方針を示した。(・・・中略・・・)
「貸しはがしによって黒字倒産がドンドン起きているのが、残念ながら実態だ」との認識を示した。個人も住宅ローンの返済で苦労しているとして「3年ぐらいは借入金の返済を猶予する措置をとるべきだと考えている。早速これについては検討して、速やかに実施をしていきたい。モラトリアムを法案として整備し、10月の臨時国会で提出する」と述べた。(・・・中略・・・)同制度によって、信用金庫や信用組合など経営が疲弊しかねない地域金融機関があるとの指摘に対しては「貸し手が資金繰りに困るときは国家的な見地から対応する手法はいくらでもある」と述べた。」
(「UPDATE2: 借入モラトリアムの法制化を検討、10月の臨時国会に提出したい=亀井郵政・金融担当相」09/09/17ロイター)
http://jp.reuters.com/article/foreignExchNews/idJPnTK030788520090916

◆「補正凍結、3兆円超 公約実現へ財源捻出、基金や施設整備費
政府が18日着手した2009年度補正予算の一部凍結で、3兆円超の財源が捻出(ねんしゅつ)できるとの見方が浮上してきた。地方自治体向け以外の基金(2兆2千億円)の一部や官庁・独立行政法人の施設整備費6千億円などが対象。政府はこれらを子ども手当など民主党のマニフェスト(政権公約)実現のための財源に充て、2010年度予算に反映させたい考えだ。
各省は10月2日までに所管予算の見直し案をまとめる。政府は18日、すでに(1)地方自治体向け以外の基金農地10年度以降の支出分(2)官庁や独立行政法人の施設整備費(6千億円)(3)官庁が調達する環境対応車と地上デジタル放送整備費(2千億円)--の3分野の執行停止を決定。このうち実際に使える財源は2兆円前後とみられている。」
(09/09/19日経ネット)http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090919AT3S1803818092009.html